孤独だった誕生日から学んだこと

先日、誕生日を迎えました。

わたしは自分の誕生日がいつもちょっと憂鬱です。

 

歳を取ることが嫌とかそういった感覚はまだないけれど、周りから自分が大切に思われてるかどうかが浮き彫りになってしまうようでなんだかそれが怖いからです。

わたしは彼氏がいないし、友だちもそんなに多い方ではありません。

だから、いつもSNSで誕生日をお祝いしてもらった知り合いの投稿を見るたびに「周りから愛されてる他者」を羨ましく思う反面、みじめに感じる自分がいます。

 

そんななか迎えた今年の誕生日。

夜12時を回った頃、LINEが音を鳴らすこともなく、わたしはいつも通りベッドに寝転がってYouTubeを見ていました。そこでたまたま出てきた広告に、心を奪われました。

 

それはベビーカーやチャイルドシートなどベビー用品を取り扱う

「Aprica」という企業のCMでした。

『きみがお腹にいることを知った時、私すごい嬉しかった』

という言葉から始まる約3分半のCM。子どもが生まれる楽しみや不安、

全ての愛をあげたいというママの想いが綴られていました。

自分の誕生日に視聴するにはあまりにタイムリー過ぎて、普段ならすぐにスキップするYouTube広告を最後まで見てしまいました。

 

そして、気づいたら涙を流していました。

 

離れて暮らしているお父さんとお母さんの顔が目に浮かびました。

わたしは両親から本当にたくさんの愛情をもらって育ててもらいました。

 

実家に帰省すると今でも時々私が生まれる日の話をしてくれてたなあ。

まだベビーカーに乗っていた私が母が目を離しているうちにパン屋さんに並べられていたパンを勝手に食べてしまったとか、私がやらかした数々の伝説を懐かしそうに笑いながら話してくれたことを思い出しました。

 

そんなことを考えていたら、なんか、満たされるような気持ちになっていました。

誕生日が近づくと感じていた孤独感、寂しさ、劣等感みたいなもので出来ていた心の中の冷たいものが、あたたかい温度で溶けていったような感覚でした。

 

みんなみたいに周りから祝ってもらえなくて寂しい、じゃなくて

産んでもらったことに感謝するのが「誕生日」なんだ。

そんな当たり前のことをわたしは恥ずかしながら忘れていました。

 

わたしは基本的に人の誕生日は覚えている方で、いつもすぐに連絡をするから

その見返りを求めていつも勝手に悲しい気持ちになっていました。

 

その日の誕生日は「おめでとう」の連絡をくれる人が何人かいました。

家族、今は離れてしまった地元の友達、大学の友達、バイト先の子。

今日が何月何日かなんて考える暇もないくらいに忙しい日常を送っている人がほとんどだと思います。そんななかでわざわざ自分を思い浮かべて連絡をくれる人たち。とってもありがたいです。

 

当たり前のようでできていなかったこと。

わたしの22歳の目標は「周りの人に感謝する。大事にする。」

これに決めました。

 

 ちなみにこちらの動画です。↓

ブランドムービー「ママ、知ってるよ。」 | ベビー用品のアップリカ公式サイト | Aprica